スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

再開、と「「let it go(松たか子ver)」はなぜ評価が高いのか」について

なんとなく再開。
というのも、ちょいと書きたいことがある。

ちょっと古い話題になってしまうが、「アナと雪の女王」というディズニー映画が話題となった。
自分はまだこの映画を見ていないし、見る予定もないのだが、この映画の存在を知るきっかけとなったのは「let it go」という某有名曲である。「アナと雪の女王」という映画が空前のヒットとなったのにはこの曲の存在が大きく起因しているだろう。
そして私の興味を誘うのは映画ではなくこの曲である。

ワイドショーで松たか子が歌っているこの曲をきき、衝撃を受けた。

「松たか子歌うめぇ・・・」

ネットで調べてみると、松たか子以外のヴァージョン(原曲等)が見つかったため聞いてみたのだが、全く良いとは思はない。やはり松たか子ヴァージョンがいい。
また、ネットのあちこちでMayJと松たか子が比較されているが、松たか子の方がいいという意見が多くみられる。

なぜ松たか子verの方が良いのか?

この記事で私が書きたかったのはこの問いについてである。
もったいぶった前置きになってしまったが、別に大したことをいうわけではないので期待しないでほしい。
ただ、「松たか子verのほうが感情がこもっている」等の理由では納得できなかったから、ここで自分なりの意見を述べたいというだけなので。

なぜ松たか子verの方が良いのか(良いとされているのか)?
それはおそらく

松たか子が歌う「let it go」は劇中歌であるからだ。つまり、松たか子は「let it go」を歌うにあたって、その歌詞を、あくまでもセリフとして発声しなければならない。
それに対し、MayJverは主題歌である。

これが両者の歴然たる差異を生む原因である。

松たか子にとって「let it go」の歌詞はセリフでもある。ゆえに観客によく聞こえるように、登場人物の「語り」として、はっきりと発音する必要がある。その結果あの歌い方になる。MayJの場合と異なり、意識上、歌われたセリフの一音一音はメロディーとして音符に還元されることがない。

MayJの声は「音」である。
松たか子の声は「声」である。もっといえば、「音」になることを拒む「声」、完全な「音」との狭間にある「声」か。

声はそれが発せられる身体の多大な影響下にある。そして「let it go(松たか子ver)」の場合、上記の歌い方によって松たか子の身体性が前景化してくる。

「音」になりきらない「声」という、チラリズム的ななにか。
それと、松たか子という一人の人間の身体性の強調。

結果として「let it go(松たか子ver)」はどこかエロティックなものとなっているのではないか。

ゆえに我々はMayJではなく松たか子の歌った「let it go」に好意を寄せるのではないだろうか。


こんなことをおもった。



スポンサーサイト
プロフィール

Author:ごろぅ

最新記事
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
フリーエリア
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。