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『モナ・リザ』はなぜ名画なのか。

『モナ・リザ』」はなぜ世界一有名な傑作なのか。
『モナ・リザ』はなぜすばらしい芸術だとされるのか。

誰か納得のいく答えをお持ちの方はいらっしゃいませんでしょうか。
『モナ・リザ』が人を魅惑する理由に関して興味深い考察がなされている記述等はありますでしょうか。

これだけ評価されているのですから、芸術史の文脈の問題として片づけられてしまわないような普遍的な作品であってほしいところです。

私は『モナ・リザ』を見て(直接見たことは無い)、「すごい」と単純に感じますが、それと同時に、はたして純粋無垢の状態で私がこの絵画を見て、そこに妙を感じられるのだろうかとも思います。私の『モナ・リザ』の体験は常にこのような二面性を伴っています。だからよけいに『モナ・リザ』の何がすごいのかを考えたくなり、知りたくなり、感じたくなるというわけです。


私たちに与えられているのはまずもって「絵画」です。
77cm x 53cm の絵の中に芸が詰まっているのです。
「モナ・リザは誰なのか」とか、「背景は実際に存在する場所か」とか、「表面の絵の具の下には何があるのか」などといった問いを解決することは、学術的に有意義であっても、『モナ・リザ』という絵画の魅力を説明してくれません。

『モナ・リザ』は肖像画です。
この絵画に美を感じる人はなによりも中央のモナ・リザという女性に魅かれるはずです。
そして、モナ・リザの顔を見つめ、目を合わし、微笑みを感じているとき、私は彼女と対面しています。この瞬間は我と汝の関係です。彼女もまた私を見ているのです。私は彼女の意思を探りますが、しかし、彼女は顔色一つ変えないので、私は不安になります。
そこで私は次に、モナ・リザの手を見ます。
ゆったりとした衣に覆われて座っているモナ・リザの身体において、私が彼女の生存を、つまり血の通った肉体とその動態をはっきりと感じられそうなのは手しかありません。彼女は暇そうに指を動かしているかもしれませんから。その手はふんわりと置かれ柔らかそうな肉付きをしています。この手を見ているとき、私は必然的にモナ・リザの顔から眼をそらしていますが、この瞬間、モナ・リザは隙を見て表情を変えているかもしれません。
そこで私はまた、モナ・リザの顔を見ます。しかし、彼女は表情を変えていません。私を見ているのですが見ていなく、彼女の視線は私を貫いたその先を見ているようです。ここにきて、私がモナ・リザを「あなた(汝)」として迎え入れることは空しくなり、悲しくなります。彼女は私に対して微笑んでいたのではなかったのでしょうか。もう一度確認してみましょう。
私は時間をおいて彼女を再び見つめます。すると、あれっ?、やっぱり私を見ててくれたのかも?

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